オレユニ的Facebookのこれまでとこれからの使い方
こんにちは、オレンジ色のユニフォームです。
ここにきて、ゆるやかなスピードでFacebookの使い方が変わってきているように感じます。今回はそのことを個人的にまとめてみました。
オレユニ的SNS1.0の時代
Facebookを使い始めた頃の使い方は、
“日常生活のライフログ”
として投稿していたことが多かったように思います。
具体的には、
「〇〇さん達と飲み会にキターーー!」
「陣屋のチキンカツはサイコー」
「ホーチミンは暑い」
「石垣島の歯医者に来た」
「電車混んでる」
「日経コンピュータが届いてた」
「床屋にきた」
といった自身の行動やその時に気持ちをゆるい感じで投稿していました。
多くの知人が一斉(まぁ、まったく同じタイミングではありませんが)にFacebookを始め、ボクと同じようにライフログ的な記事を投稿していました。
その結果、
いつも会えないような人や昔の知人とつながったり、
知人の意外な趣味や思想がわかったり、
流行りの情報を仕入れたりできていました。
自分的には、Facebookの友達とリアルで会った時に、話題に事欠くことがないようになったのが大きなメリットでした。
しかし、その一方で、
「忙しいのに、あの後、飲み会に行ってたんだ」
「仕事をちゃんとやってるのかな?」
「なんで、あの飲み会に、オレには声がかかっていないんだ」
というような、メンドーでマイナスの事案も生じることがありました。
オレユニ的SNS1.2の時代
前述のマイナス面を抑制し、プラス面を維持するタメに、会社関係者(社員、お客さま、ビジネスパートナー)の友達を一括削除しました。
それまでは、投稿する記事は、マイナスにならないように気をつけていましたが、とてもメンドーになってきたため、その大きな要因である会社関係者とつながりをたち切ったのです。
同じころ、Facebookに投稿する人にも変化がでてきました。
徐々に投稿する人が少なくなってきたのです。
Facebookに疲れちゃったのか、あきちゃったのか、意味がないと思ったのか。
まぁ、それぞれ理由があるのでしょう。
すると同時に、“ライフログ”的な記事が少なくなったように思います。
“ライフログ”的な記事が少なくなったことで、記事の内容が両極端になってきた感じがします。
オレユニ的SNS1.5の時代(これから)の使い方
コロナ禍の時代では、リアルで会って、ともに時間を過ごす、
ということがとても難しくなっています。
この状態がいつまで続くのか見当もつきません
しかし、そんな中、SNSは距離を超越して、簡単に他者とコミュニケーションをとることができます。
言い方を変えると、SNSはソーシャルディスタンスを維持しながら、他者とコミュニケーションをとる有益なツールなのです。
しかし、使い方を間違えると、自分も他者も不幸にしてしまう恐れがあります。
使い方を間違えずに、有益なものとして使っていきたいと思います。
そこで、オレユニ流のFacebookの使い方をまとめてみました。
投稿する記事の内容の方向性は、下図に示した赤枠のものに特化していこうと思っています。
・得があるような情報を発信
面白くなかった本や映画は発信しない
イマイチなものは発信しない
そのようなものは自分の記憶の中だけにとどめる
「サイテーの本を読んじまった」×
「この映画はイマイチだった」×
「この本はオモシロかった。オススメです」〇
・ネガティブな発言はしないようにする
読む人が不快にならない内容とする
「コンビニの店員の態度が悪かった」×
「バスが時間前に発車してしまった。クソめ。シネ」×
・他人の悪口は言わない
・公的な国や芸能人の悪口は言わない
・他者の投稿については、「多様な意見があることを知る場であり、機会である」とする
おわりに
最近、他者のFacebookの記事から有益な情報を得ることが少なくありません。
とても貴重で有益な情報をキャッチできるのです。とてもありがたいです。
Facebookを”自分のプライベートをさらすもの”と捉えて敬遠している人には、決して得られない情報だと思います。
Facebookの使い方を間違えずに、引き続き有益なものとして使っていきたいと思います。
以上